大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)2662号 判決 1999年12月01日

原告

乙川由貴

右法定代理人親権者父

乙川明

右法定代理人親権者母

乙川春子

右訴訟代理人弁護士

澤田和也

松田純一

柳井健夫

馬場一廣

右訴訟復代理人弁護士

岡田知子

秋山里絵

被告

明治生命保険相互会社

右訴訟代理人弁護士

上山一知

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する平成七年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  甲野花子(以下「花子」という。)は、被告との間で、平成七年七月三日、左のとおり保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。

契約日 平成七年七月三日

被保険者 花子

保険契約者 右同

死亡保険金受取人 原告

死亡保険金額 三〇〇〇万円

保険証券番号 三九―四九四一九三

2  花子は、平成七年七月三日、被告に対し、右保険契約の第一回保険料二万七〇三三円を支払った。

3  花子は、平成七年八月七日死亡した。

4  よって、原告は、被告に対して、保険金三〇〇〇万円及び右に対する花子の死亡の日の翌日である平成七年八月八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3は認める。

三  抗弁

1  告知義務違反による解除

(一) 告知義務違反

(1) 花子は、平成七年初めころから次第に体重が減少し、倦怠感が増したため、同年六月二九日、東京都<番地略>所在の河井病院(以下「河井病院」という。)で診察を受けた。花子は、同日と翌日、河井病院で、血液生化学検査、腫瘍マーカー検査、胸部レントゲン検査、CT検査を受けた。その際、「一〇日くらい前より食欲が特に減退する、胸下部に物がつかえる感じがする、息切れがする、背中が硬直する、体重が減少した」旨の主訴があった。右診察の結果、六月三〇日に、医師は花子に入院することを指示し、七月七日に花子は河井病院に入院した。

(2) 花子は、同年七月一日、本件保険契約申込時の書面による告知に際し、医師の「最近一週間以内で、体にぐあいの悪いところがありますか」との問い及び「最近三か月以内に、医師の診察・検査・治療・投薬をうけたことがありますか。また、その結果、検査・治療・入院・手術をすすめられたことがありますか」との問いに対して、いずれも「いいえ」と答えた。

(二) 解除の意思表示

被告は、原告(原告の親権者丙沢春子、現乙川春子)に対し、右(一)の告知義務違反を理由に、本件保険契約を解除する旨の意思表示をした。その意思表示は、遅くとも平成七年一〇月六日までに、原告に到達した。

(三) ところで、本件保険契約の約款(以下「本件約款」という。)第二〇条①②③項は、「①保険契約者又は被保険者が、故意又は重大な過失によって、告知の際に事実を告げなかったか又は事実でないことを告げた場合には、被告は、将来に向かって保険契約を解除することができる。②被告は、保険金の支払事由が発生した後においても、①の規定により保険契約を解除することができる。③本条の規定による保険契約の解除は、保険契約者に対する通知によって行う。ただし、保険契約者に通知できないときには、被保険者又は死亡保険金受取人に通知する」旨定める。

(四) 本件保険契約は、右条項により(二)のとおり解除された。

2  詐欺による無効

(一) 花子は、平成七年五月一〇日に、荻野耳鼻咽喉科医院を受診し、「高熱が持続していること、及び、喉が痛く、二、三日前から痰に血が混ざり、咳と一緒に出、そのたびに胸が苦しくなること」を訴えたところ、医師は、咽頭ファイバースコピー検査等を行い、左反回神経マヒ、急性咽頭気管炎等の診断をした。さらに、花子は、河井病院で右1(一)(1)のとおり診察を受け、入院を指示されたにもかかわらず、本件保険契約申込時の書面による告知の際、「最近一週間以内で、体にぐあいの悪いところがありますか」及び「最近三ヶ月以内に、医師の診察・検査・治療・投薬をうけたことがありますか。また、その結果、検査・治療・入院・手術をすすめられたことがありますか」の質問に対して、いずれも故意に「いいえ」と虚偽の回答を行い、被告をして、健康状態に問題ないものと誤信させ、本件保険契約を締結させた。

(二) ところで、本件約款第二四条は、「保険契約について保険契約者又は被保険者に詐欺の行為があった場合には、保険契約を無効とする」旨定める。

(三) 本件保険契約は、右条項により無効である。

四  抗弁に対する認否

1(一)(1) 抗弁1(一)(1)は、否認する。

(2) 抗弁1(一)(2)は、不知。

(二) 抗弁1(二)は、解除の意思表示がなされたことは認める(ただし、解除の意思表示は平成七年一〇月六日までには到達していない。)。

(三) 抗弁1(三)は、認める。

2(一) 抗弁2(一)は、否認する。

(二) 抗弁2(二)は、認める。

五  再抗弁(抗弁1に対して)

1  除斥期間の経過

(一) 被告は、遅くとも平成七年八月二八日には、抗弁1記載の告知義務違反を知っていた。仮にそうでなくとも同日に告知義務違反を知り得た。

(二) 平成七年九月二八日が経過した。

(三) ところで、本件約款第二一条二号は、「被告が、保険契約の締結後、解除の原因となる事実を知り、その事実を知った日から一か月が経過したときは、本件約款第二〇条による保険契約の解除をすることができない」旨定める。

(四) したがって、被告は本件約款第二一条二号により、同第二〇条による本件保険契約の解除をすることができない。

2  被告の過失

(一) 被告は、抗弁1(一)(1)の告知義務の対象となる事実を、左のとおり過失により知らなかった。

(1) 被告の審査医が、平成七年七月一日、甲野花子を診察しているが何ら異常の指摘はなかった。

(2) 被告の審査医は、告知書(乙第三号証)の下欄の審査医記入欄の各項目についての聴取とその結果の記載を怠っている。

(二) ところで、本件約款第二一条一号は、「被告が、保険契約の締結の際、解除の原因となる事実を過失によって知らなかったときは、本件約款二〇条による保険契約の解除をすることができない」旨定める。

(三) したがって、被告は、本件約款第二一条一号により、同第二〇条による本件契約の解除をすることができない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1のうち(三)は認め、その余は否認する。解除原因を知ったのは、平成七年九月一二日である。

2  再抗弁2のうち(二)は認め、その余は否認する。

理由

一  請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

そこで、抗弁の判断に入るが、本件では、いずれも本件約款に基く、告知義務違反による解除(抗弁1)及び詐欺による無効(抗弁2)の主張がされている。被告は、右各抗弁について、番号を付して主張しているが、右各抗弁の訴訟法上の防御方法としての意義は等価値であり、その判断の順序について、裁判所が拘束されるものではないから、抗弁2から判断することとする。

二  抗弁2について

1  本件約款の定めについては、いずれも当事者間に争いがない。

2  証拠(乙三、一一、一二、一三の一、二、一四、一五の一、二)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  花子は、平成七年五月一〇日に、荻野耳鼻咽喉科医院を受診し、「高熱が持続していること、及び、喉が痛く、二、三日前から痰に血が混ざり、咳と一緒に出、そのたびに胸が苦しくなること」を訴えた。

(二)  同医院の医師は、咽頭ファイバースコピー検査等を行い、左反回神経マヒ、急性咽頭気管炎等の診断をした。

なお、左反回神経マヒは、医学上、手術以外の原因としては、甲状腺癌などの頚部腫瘍、肺癌などの胸部腫瘍などがあるとされている。

(三)  花子は、同年六月二九日、河井病院において診察を受けた。花子は、同日と翌日、同病院で、血液生化学検査、腫瘍マーカー検査、胸部レントゲン検査、CT検査、喀痰、細菌顕微鏡検査等を受けた。その際、花子は、「半年前から体重が一か月に二キログラムほど減少し、六八キログラムあった体重が五〇キログラムになったこと」を述べたほか、「一〇日くらい前より食欲が特に減退する、胸下部に物がつかえる感じがする、息切れがする、背中が硬直する、体重が減少した」旨を訴えた。花子はCT検査の際、背部痛のため横になれない状況であった。

(四)  右診察の結果、同病院の医師は、花子が肺癌である疑いが非常に強く、癌が転移している疑いもあると診断したうえ、右疑いがあることを告知したかは必ずしも明らかではないものの、同月三〇日、花子に対し、同年七月六日から入院することを指示した。

(五)  その後、花子は、同年七月一日、本件保険契約締結に必要な書面による告知において、「最近一週間以内で、体にぐあいの悪いところがありますか」及び「最近三ヶ月以内に、医師の診察・検査・治療・投薬をうけたことがありますか。また、その結果、検査・治療・入院・手術をすすめられたことがありますか」の質問に対して、「いいえ」と回答したうえ、本件保険契約を締結した。

(六)  花子は、平成七年七月七日河井病院に入院したが、当時身長は一六四センチメートル、体重は47.7キログラムであり、車椅子で入室し、体を起こすのにもさく等につかまらないと起きあがれない状況であり、入院後も倦怠感と背部痛を訴え、ベッドから離れ難い状況であった。

(七)  花子は、平成七年七月七日、花子の娘である乙川春子(以下「春子」という。)とともに、医師に対し「本当のことを正直に話してほしい。」旨述べて診察結果を率直に告知することを強く希望したため、医師は、花子に対し、「肺癌であって、肺の内腔に腫瘍があること、右が背部痛、体重減少の原因である」旨を説明した。

(八)  花子は平成七年八月七日、肺癌、肺膿瘍で死亡した。

3(一) 以上に認定の事実、特に、花子の前記身体状況、疾患が相当に悪化していたこと、花子自身もそれを自覚症状として訴えていたこと、河井病院における診察、検査の状況等に照らすと、花子は、本件保険契約申込の際、自らの身体状況が良好でないことを自覚していたことに加えて、その直前にも河井病院において、診察を受け、CT、X線検査等も受けていたにもかかわらず、これを告知せず、健康状態に不良な点はない旨を応答したことが認められ、右事実によれば、花子は、被告に対し、その健康状態に関し虚偽の事実を申告し、被告をして花子の健康状態に問題がないものと誤信させ、本件保険契約を締結したものであるから、花子は被告を欺罔したものと言わざるを得ない。

(二) ところで、本件約款第二四条にいう「保険契約者又は被保険者に詐欺の行為があった場合」とは、保険契約者又は被保険者が、保険契約の締結に際し、保険会社を欺罔して錯誤に陥らせた上、保険契約を締結させることをいうものと解される。右(一)で判示した本件事実によれば、本件保険契約の契約者であり、かつ被保険者である花子は、被告を欺罔し、錯誤に陥らせた上、本件保険契約を締結させたものであるから、「詐欺の行為があった場合」に該当する。

したがって、本件保険契約は、本件約款第二四条により、無効である。

4  なお、原告は、抗弁2に関して、花子が肺癌であると診断されたのは平成七年七月七日であるので、それより前である本件契約締結当時には花子は自己が肺癌であるとの認識がなかったこと、及び、花子が入院した平成七年七月七日まで、春子や花子の孫である原告のために毎朝朝食を作っていたこと、花子は、入院前日まで、パチンコに行ったり、パチンコで勝ったお金でかにを食べに行ったり、飲酒をしたりもしていたこと、入院直前においても、花子は、春子からみて、一ヶ月後に他界するとは全く考えられないほど元気であったことを主張して、欺罔する旨の認識がなかった旨の主張をし、甲九、春子の証言等原告主張の事実に沿う証拠もある。

しかし、原告主張のとおり、肺癌であるとの診断が本件契約締結後にされ、契約締結当時には、花子は自己が肺癌であるとの認識がなかったとしても、その疾患が相当に悪化し、身体状況も不良であって、花子自身もそれを自覚していたものである上、前認定のとおり、花子は、荻野耳鼻咽喉科医院及び河井病院を受診し、様々の検査を受け、入院を指示される等していたにもかかわらず、書面による告知においてそれらの事実を秘匿し、真実と異なる回答をしたことは明らかである。右の書面による告知は、荻野耳鼻咽喉科医院の受診及び検査からは二か月も経過しておらず、河井病院での受診及び検査にいたっては書面による告知の前日及び前々日のことであって、花子がこれらの受診及び検査等を失念していたとは到底考えられないから、花子は真実と異なることを知りながら右告知をしたと言わざるを得ない。

また、春子等周囲の者から見て、花子が入院直前まで元気そうであって、花子が入院し、その後一ヶ月で死亡することが春子等にとってまったく意外であったとしても、花子は春子等周囲の者に心配をかけないようふるまっていたものと考えられないわけではなく、この事実のみでは、何ら右認定の妨げにはならない。

5  よって、抗弁2は理由がある。

三  以上によれば、原告の請求はその余について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加藤新太郎 裁判官足立謙三 裁判官中野琢郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例